宮田村(みやだむら)は、かつて岐阜県益田郡に存在した村である。
現在の下呂市萩原町宮田、奥田洞、大ヶ洞に該当する。
明治初期の宮田村は現在の萩原町宮田のみであったが、三郷村に合併で消滅。後に奥田洞、大ヶ洞を含めた地域で宮田村(2代)に分立した。
歴史
- 1875年(明治8年)2月 - 萩原村、花池村、桜洞村、上村、上呂村、中呂村、奥田洞村、大ヶ洞村、宮田村、宮地村、野尻村、御厩野村、乗政村、小川村、森村、湯之島村、東上田村が合併し三郷村発足。宮田村は消滅。
- 1883年(明治16年)6月1日 - 三郷村より、宮田・奥田洞・大ヶ洞の各旧村域が宮田村(2代)として分立。
- 1889年(明治22年)7月1日 - 町村制により、宮田村発足。
- 1897年(明治30年) 4月1日 - 三郷村と合併し萩原村(2代)が発足。同日宮田村廃止。
学校
- 宮田尋常小学校(現・下呂市立宮田小学校)
参考文献
- 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。
脚注
関連項目
- 岐阜県の廃止市町村一覧
- 宮田村 (曖昧さ回避)


